日々感じたことを書いています。

壱岐の地形

壱岐の形はほぼ円形に近い。円の直径は20キロメートルくらいだろうか。島の山の高さは最高峰が200メートル台ということで、低い丘しかない。これは500メートルを超える山が連なる対馬との違いだ。魏志倭人伝に書かれてた一支国と特定されている原(はる)の辻遺跡を見学に行った。遺跡の周りには、水田が広がっていて、広い平野だと思った。実際、長崎県では、諫早干拓の人工的な平野が現れる以前では、県では最も広い平野であったらしい。島に、このような広い平野があったことは不思議だが、その平野の生み出す米が一支国を誕生させたであろう。

山もせいぜい200メートルほどのほぼ平坦な地形のため、元寇の際は島民は隠れる場所がなく、島民の殆どが虐殺され、人口はわずか六十数名まで減少したという。モンゴル側は、壱岐を太宰府攻撃の拠点にしたかったのであろう。逆に豊臣秀吉の朝鮮出兵の際には、唐津の名護屋城の次の拠点の城は壱岐島に作られた。
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