日々感じたことを書いています。

南韓山城

ソウル市の南にキョンギカンジュン(京畿広州)市というところがあり、そこにナムハンサンソン(南韓山城)という山の上の城壁がある。2014年に世界遺産に登録されている。ソウルナビによると歴史的意義は次のように説明されている。

南漢山城が築城されたのは李朝の時代、1624年(仁祖2年)から1626年(仁祖4年)のこと。ちなみに同じ場所には古代百済時代、百済の王である溫祚 の城があったとか、新羅が築いた昼長城であったとされています。漢陽(現在のソウル)に置かれた王城が外敵からの侵入に備え、南漢山城を防御用の城として整備。そして1637年、実際に清が攻めてきた時には南漢山城には王自ら47日間籠城、抵抗します。

今ある城壁は李朝時代のものだ。同様のものは、東大門の北側にもあるが、それはソウルを守るためのもので。ナムハンサンソンの城壁は、文字通り山城だ。李朝の更に前には、百済がここに城を築いたということだ。百済は、北から南下を続けている。最後は、扶余あたりで、日本からの援軍もろとも唐新羅に責められ滅亡する。滅亡したことになっているが、常に都を移動してきて時代に対応した百済が簡単に潰れるだろうか? 

大陸と九州の通商を行っていて大量の船を持つあ筑紫の一族が、多くの百済人たちを日本へ運んだのかもしれない。「扶余」とはツングース語で鹿という意味である。扶余族は昔はシベリアあたりでトナカイを飼っていた。南下するにしたがい、鹿を大切にあるようになったのだろうか。福岡には志賀島という島がある。朝鮮半島から見ると九州の入り口にあたる場所にある。志賀島神社には、鹿の角が大量に収められている建物がある。鹿島神社は、シカノシマとも読める。日本には、鹿を大切にする神社が多い。有名なものでは、春日大社がそうである。

話が逸れた。ナムハンサンソンは、ソウル中心部から1時間ほど地下鉄を乗り継いで、8号線サンソン駅から行く。その後はバスに乗るのが普通のようだが、歩いて登った。暑い日で、2時間ほどかかった。下りも歩いたのだが、500ミリのペットボトルを4本空けた。それほど暑かった。バスだとロータリーと言われるところまで登るのだが、徒歩だと南門へ最初にでた。城壁は李氏朝鮮時代のもので、百済の遺跡らしきものはあるとしてもどこにあるか分からなかった。南門からは城壁に沿って歩けば良い。そう思ったものの、地図を持ってなかったので南門から30分ほど歩いて引き返し、山を下りてきた。何しろその日は暑すぎた。海抜500メートルほどで、山の上は涼しくもなかった、帰りは少し急いで、1時間でサンソン駅まで下りた。

ぼくは、これまで800mほどのケリョンサンと、今回の500mほどのナムハンサンソンに登っただけであるが、韓国の山はよく手入れされている。よく手入れされた道に沿って山頂まで行ける。
コメント
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

takao

Author:takao
何かありましたら、mttakao◎hotmail.com(◎は@に直してください)まで連絡ください

カレンダー
10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード