日々感じたことを書いています。

韓国の裁判所

対馬の寺から盗まれた仏像を、韓国の浮石寺が自分の寺から盗まれた仏像なので日本に返還しないと訴えていた裁判だが、浮石寺の仏像の所有を裁判所が認めた。裁判での参考人の証言は以下の通り。 参考人は、

「1982年に発刊された瑞山郡誌には倭寇の侵入一覧表が収録されているが、瑞山・泰安地域は1352年から11回にわたり倭寇に侵奪された」とし「その当時、海辺と近いところに位置していた浮石寺が無傷だったはずがない」

と主張したという。「1982年に発刊された瑞山郡誌には」とあるが、なぜ倭寇が活躍した14世紀の書物でないのか。1982年発刊の本であれば、「11回にわたり倭寇に侵奪された」ことが事実かどうかが疑わしい。二次あるいは三次の資料を根拠にした議論でしかない。根拠に乏しいと判断される。

一方、Wikipediaによると、15世紀の朝鮮王朝による仏教弾圧が続いた結果、 少なくとも15世紀初頭は廃寺だったという。一度、浮石寺は途絶えている。そこの寺に仏像があったとしても、その所有者はいなくなっていたということだ。

仮に倭寇の侵入が正しいと仮定すると、浮石寺の仏像は

①倭寇により盗まれた
②仏教弾圧により寺が廃れ、寺の仏像が売られた

の2つの可能性がある。裁判では①ということで、仏像は浮石寺の物と判断し、浮石寺へ渡すように結論した。当時の仏教弾圧の時代背景を考えると、②の可能性を排除することはできないと思うので、裁判所の判定は一方的に思える。

さらに、現在の浮石寺は曹渓宗の寺だが、もともと、浮石寺は華厳宗の寺だった。二つの宗派の寺は、名前こそ同じであれ、無関係だ。鈴木さん家の1丁目一番地が更地となった後に、山本さんが引っ越してきたようなものだ。 山本さんは、鈴木さんの財産は私のものだと主張することはできない。それなのに廃寺となった寺に新たに住み込んだ宗派が、何のつながりもない別の宗派の寺にあった仏像を、自分の所有物だと主張した。そしてこの主張を韓国の裁判所は正当だと認めた。

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